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『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』@シネマライズ

 

 

 

 

 

バンクシーの初監督作品です。

彼について詳しく知りたい方はユリイカ2011年8月号で「バンクシーとは誰か? 路上のエピグラム」という特集がありますので、ご一読をオススメします。ものぐさな方はコチラ。

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC

 

さあ、この映画はほぼ真ん中で反転します。

前半はティエリ−・グエッタという男がグラフィティ・アートの世界に飛び込み、それらをビデオカメラで撮影し続けます。ひょんなことからバンクシーと知り合い、世界で初めてバンクシーに密着取材をします。

後半はその撮影者ティエリ−が被写体となります。(ここからは誰が撮影しているのか曖昧になります)ティエリ−はミスター・ブレインウォッシュとしてアーティストに変貌し、その名の通り「世間をアートで洗脳」していくのです。その技はバンクシーそのものだったり、過去の芸術の模倣の模倣だったりします。

 

と、このように映画は前半と後半で反転します。ここで問題がああります。我々は後半のティエリ−を批判、もしくは笑うことができるのか、という問題です。バンクシーの唆しにより、アーティストの道に進んだティエリ−。控えめに言っても、彼の作品はすべてが欺瞞です。しかし、その一点において。その欺瞞によってのみ、観客は熱狂するのです。「これは素晴らしい芸術だ」と。映画の後半では、ティエリーの展覧会に来たお客がインタビューに答えます。構図はこうです。

 

「中身のない作品を見て、評判だけを頼りに『素晴らしい』と絶賛する」馬鹿な客を劇場で笑う我々。

 

この構図に無自覚な我々がそこにはいます。そう、笑っている対象はその客ではなく、自分です。ティエリ−の展覧会でコメントしているのは紛れもなく自分自身なのです。それを笑っている。自分を枠外に置いて。それすらも無自覚なままに。

 

例えば、です。このドキュメンタリー映画はイギリスの偉大なアーティスト・バンクシーの初監督作品となっています。ゆえに、我々は劇場に足を運ぶわけです。もし、この作品の作者が無名だったら?(もちろん、このドキュメンタリーは有名覆面グラフィティ・アーティストを扱う前提ですからそれはありえないのですが)バンクシーが名前を貸しただけだったら? すべては反転します。この映画を絶賛する観客は、ティエリ−のお客と何が違うのでしょうか。全く、全く同じ、どちらも我々なのです。

 

結論は、この映画はホラーだということです。

たちの悪い、それでいて笑えるホラーなのは間違いありませんが。

 

 

『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を超える』@新宿バルト9

 

 

 

『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』の続編です。

 

コメディ映画を説明することほど野暮なことはないので、結論からいきます。

 

「おもしろいっすよ」

 

まあ、前作と同じクオリティはあるので、何も問題ありません。

 

笑えます。

下品です。

前作同様、エンドロールの後、爆笑のMAXがきます。

 

まったく変わらない構成。特にパワーアップしたわけでもない内容。

でも、いいじゃないですか。

こんなことを2回やっただけでも。

 

タイトルだって

1作目が『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』。

続編が『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を超える』ですから。

 

「史上最高の二日酔い」が「国境を越え」ただけですから。内容は全くかわっていないと、邦題をつけた人だって重々承知なわけです。そこは偉い!!

 

『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』@TOHOシネマズ六本木

 

 

X-MEN映画を観るのは初めてです。

世界観など全く知らない観客の三言目としては、大上段に構えますが・・・

 

「上品なユーモアで練られた、上質アクション」と褒めるくらいであれば、X-MENというジャンルに失礼には当たらないでしょう。

 

数多くのX-MENが登場しますが、どのキャラクターも際だって愛おしい。登場するすべてのキャラクター(悪役も含め)を愛することだって可能なくらい、それぞれの人物描写が素晴らしい。

 

もちろん、人物描写が良いからキャラクターが立っているというだけではありません。物語全体に対する配置も良い案配です。

 

マイノリティーのX-MENは、そのまま人間社会の縮図です。人間よりマイノリティーなX-MENは、そのまま我々であり、そのX-MENキャラクターを愛するということは、人間そのものへの愛とイコールになります。その時、差別というのはエンドレスに続く恐ろしいものだと再確認します。そして、そこには簡単な解決などなく、むしろ仲間が分裂していく結果を生みます。

 

それでも。

仲間が新しい土地を探して、旅立ったとしても。

動き続けなくてはいけない。裏切った仲間と同じように。目的地が同じだとしても、です。

 

ここまできちんと世界と向き合っている映画だとは思いませんでした。傑作です。