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『ブルーバレンタイン』@新宿バルト9

 

 

 

ある夫婦の「はじまり」と「おわり」をカットバックで丹念に追っていくラブストーリー、と一言で説明するとそうなります。

 

僕は映画に限らず、文学・音楽・粘土・落書き、何でもいんですが「なぜこの時代に生まれたのか?」を重視する傾向にあります。その理由は「作品は少しでも前進すべきである」という理想主義だからです。いつまでも過去の繰り返しでいたら、そのジャンルは停滞するに決まっています。例えば、時代設定が1920年のラブストーリーは徹底して1920年に寄り添わざるを得ません。そこに徹底することでしか作品は生まれないはずです。問題は、その後です。その時代を映し出すという「目的」があるのであれば、その時代を映し出す「手法」も前進してこそ、残り語り続けられるべき作品となるはずです。

 

そういった意味で『ブルーバレンタイン』の構造は、「2000年代初頭のアメリカ夫婦生活」を「カットバック」で追っていきます。例えば、これを戦前の日本に置き換えてみると「1920年初頭の日本の夫婦生活」を「カットバック」で追っていく作品となり、なんら変わりません。なにか観たことのありそうな映画じゃありませんか。

 

そして大問題なのは、説明過多なところです。こればかりは「お前の好みだ!」と言われればそれまでなのですが、台詞で主人公の吐露を説明するのはスマートではないことなど自明でしょう。

 

と、そもそも論から入ってしまいましたが、実はこの映画を大嫌いではないのです。ディティールはキテます。2人が喧嘩しながらも入るラブホテルの部屋名が「未来」だったり、旦那のマルチクリエイターぶりから生まれるラブソングの2種類の使い方、などなど素晴らしいシーンもたくさんあります。

 

で、す、が、「10年以上も脚本を練った」という事実は、こっそり教えてほしかったものです。そんなハードルは飛び越えにくいものです。